ディズニーの新作アニメ映画 『アナと雪の女王』(2013)の日本語吹き替え版は、「製品ローカリゼーション」の鑑(かがみ)ともいうべき存在です!
じつはこの連休の最初に、ディズニーの新作アニメ映画『アナと雪の女王』、「日本語吹き替え版」で見てきました。この「吹き替え」ということが、映像作品のローカリゼーション、つまりローカル市場における「現地化」なのです。
ハリウッド映画の日本語吹き替え版なんて見るのは「初体験」ですが、日本語吹き替え版を劇場で見たのは大正解でした。
ミッキーマウスやドナルドダックはもちろんのこと、『ピノキオの大冒険』『くまのプーさん』『ダンボ』『バンビ』『ピータパン』『101匹わんちゃん大行進』『白雪姫』『シンデレラ』などなど、ディズニーのアニメーションで育った世代なので、逆にディズニーというと子ども向けという先入観や固定観念ができあがってしまっていたのかもしれません。
しかし、考えてみれば、これらの作品はすべて日本語吹き替え版で見てきたのであり、子どもの頃はディズニーとかアメリカとかはいっさい気にすることなく見ていたわけですね。
しかもミュージカルですから、歌詞が聞き取れないのは致命的。日本語吹き替え版はその点はまったく心配はいりません。わたしは、映画が始まってから字幕がでてこないので、ちょっと拍子抜けしてしまいましたが(笑)
姉のエルサの声を担当した松たか子の「ありのままで」もいいし、妹のアナの声を担当した神田沙也加の「生まれてはじめて」もいいですね~! 神田沙也加の声がアイドル時代の松田聖子そっくり!
なんといっても映像が美しい!圧倒的な美しさなのです。
(各国語で歌われる「ありのままで」を合成したプロモーションビデオ)
■日本語「吹き替え版」という「ローカリゼーション」(現地化)
『アナと雪の女王』は、ディズニー初のダブル・ヒロイン作品。『白雪姫』『シンデレラ』以来、ヒロインは一人という殻を破ったのも今回の特色のようです。しかもアンデルセンの原作そのものではなく、現代風の改作でもあるわけです。
オリジナルのタイトルは「凍りついた」という意味の『Frozen』(フローズン)。アンデルセンの原作が「雪の女王」なので、どうしても主人公は「雪の女王」と思いがちですが、かならずしもそうではありません。雪の女王のエルサに妹のアナを加えたのはディズニーによる改作のようです。
その意味では、日本語版のタイトルを『アナと雪の女王』としたのは大正解だといっていいでしょう。アナもまた主人公の一人であることを明確にしているからです。姉妹でキャラの違いがよく表現されてますので、姉のエルサと妹アナのどちらか、いや両方ともに感情移入することが可能になると思います。
日本語版では、姉の「雪の女王」エルサに松たか子を起用、妹のアナ王女に神田沙也加を採用。このキャスティングもまた大成功といえます。日本人なら、ちいさな子どもは別として、松たか子や神田沙也加がどういう存在であるかは、多かれ少なかれ知っているからです。
つまり、松たか子が歌舞伎役者の松本幸四郎の娘で、どちらかというと可愛らしい声でしゃべる女優であり、神田沙也加が歌手の松田聖子の娘であること。それぞれディズニーのこの作品においてもきわめて重要な要素である「ファミリー」(家族)というストーリー(物語)をもっているからです。
「生まれてはじめて」(For the first time in forever)という曲は、いかにもディズニーらしいバラード曲。古き良きディズニーの伝統を継承した、ファンンタジーにふさわしい、安心してなんども口ずさめる歌。これを一人娘だが、母親からみれば妹のような存在の沙也加が歌うのはふさわしいといえます。
これに対して、「ありのままで」(Let It Go)は、かなり現代的な内容の曲。「自分らしく生きる」という自己肯定の内容は、女性だけに限らず現代人の生き方を示したもので、ディズニーのあたらしい面をみせてくれます。この曲を歌うのが、どちらかというと可愛い印象の松たか子が歌うからこそ、そのギャップが面白いのですね。姉の「雪の女王」の精神的葛藤をうまく表現できているので。
■日本語版のポスターにみる「国民性」の違い
日本語版のポスターが醜い(!?)と表現している人が海外にはいるようですが、日本人的感覚とはちょっと違うものを感じますね。冒頭に掲載した者が日本版のポスターです。
趣味の違いといってしまえばそのとおりですが、日本人としてはとくに違和感は感じません。もちろん日本人でも受け取り方に違いはあるでしょう。
英語版のポスターは何種類もあります。「Frozen poster」で Google 検索してみるといいでしょう。
そのなかから2点ほど掲載しておきます。
オリジナルの英語版ポスターは、なんだか人形劇やパペットアニメーションのような印象をわたしはもってしまします。どうもリカちゃん人形というか、バービードール(?)みたい、というのが日本人の感覚ではないでしょうか。
たしかに映画のなかではひじょうになめらかでスムーズな動きがある一方、意図的なものがあるのでしょうがカクカクとした人工的な動きがあって、後者は人形劇のような動作に見えなくもありません。奥行きのある立体的な(・・つまり3Dも前提)アニメーションだからでもありますが。
とはいえ、よりナチュラルなものを好ましいとするのが日本人の感覚だといっても言い過ぎではないでしょう。女性のメイクアップでもナチュラルメイクを好むのが日本女性の傾向であることは一般に知られていることです。
このように、「国民性」というか「民族性」の違いというか、言語だけにも還元できない違いがあるからこそ、ローカリゼーション(現地化)が重要なのです。「グローバル化」の時代だからといっても、ローカル市場ではあくまでもローカル市場。ローカル市場ではローカルのあり方に徹しなければけっして売れることはありません。
日本語吹き替え版で見ていると、なんだか登場人物も日本人みたいな感じがしてくるのが不思議です。とくに妹のアナはブルーアイではありますが、なんとなくアジア人っぽい感じもします。日本でいう、いわゆる「アニメ顔」っぽい。
英語オリジナル版をYouTubeに投稿されているビデオクリップで見ると、いかにもアメリカっぽいなあという印象をもちます。耳から入ってくる音声によって、画像の視覚イメージも影響を受けるのかもしれません。
そういえば、子どもの頃は吹き替え版のディズニーがアメリカのものだとは知らなかったなあ、と思い出します。いまでも、ちいさな子どもは、そんなものでしょう。
しかしそんなディズニーにとっても今回の作品は、「愛」という普遍的なテーマを、設定はファンタジーでありながら現代風にアレンジした世界を表現しており、新境地を拓いたといえるかもしれません。
■英語版と日本語版は違う作品として鑑賞も可能
英語版は劇場で見たわけではありませんが、YouTube でディズニーが公開しているビデオクリップを視聴した限りでは、オリジナルの英語版と日本語吹き替え版は別の作品として鑑賞することも可能ではないかと思います。
基本的に英語版のセリフはかなり忠実に、しかも登場人物の動きにあわせた適切なシラブルの日本語になっていますが、そうはいっても英語と日本語とではニュアンスの違いがないわけではありません。
松たか子が歌う挿入歌の「ありのままで」は「Let It Go」の日本語版ですが、英語の "let it go" と「ありのまま」は意味としてはイコールでありません。
英語の "let it go" は、内側から外に向けて「放出」するというニュアンスが強いのに対して、日本語の「ありのままで」は自己肯定であり現状肯定というニュアンスが強い。あえて英語でいえば、むしろ "let it be" に近いのですね。日本女性にとっては後者の「ありのままで」のほうが、メッセージ性が強いと判断したのかもしれません。
じつは、英語の "let it go" という表現は、この作品のカギとなる表現なのです。英語の "it" が指しているのは、「自分の気持ち」もその対象ですが、「魔法」もまた"let it go"するものだからです。姉の雪の女王エルサにとって、「魔法を解き放つ」ことと「自分を解き放って自分になる」ことと同じなのです。
Disney's Frozen "Party Is Over" Clip (Walt Disney Animation Studios)に、エルサの魔法が解放されてしまうシーンがあるので参考まで。なお、sorcery とは魔術のことです。悪しき目的に使う黒魔術のことです。いわゆるマジック(magic) とは意味合いが異なります。
そう考えると、日本語版では「ありのままで」という歌詞にしたのは、英語版とは別の作品として楽しんだらいいということもであるわけです。ニュアンスの違いは意外と大きいのです。
YouTube で英語版のさわりを視聴してみると、さすが基本的に「子ども向け」でもあるので、スラングもなく、クリアできれいな口語体の標準アメリカ英語。むずかしいコトバもいっさいないので、これなら生きた英語の教材としても最高でしょう!
英語版と日本語版はどちらも甲乙つけがたいですが、わたしは神田沙也加によるアナの歌声が好きです。
まだ見てない人は、だまされたと思って絶対に見ることを薦めますよ! まずは「日本語吹き替え版」で!
PS 日本語版でアナの声を担当した神田沙也加さんが亡くなった
昨日(2021年12月19日)のことだが、神田沙也加さんが亡くなったというニュースを聞いて大きなショックを受けた。自分の娘のような女性がホテルの上層階から転落死。享年35歳。おそらく自殺であろう。ことばにならない思いで残念でならない。気の毒で仕方ない。「生まれてはじめて」(For the first time in forever)を聴きながら追悼したい。ご冥福を祈ります。合掌 (2021年12月20日 記す)
ディズニー公式サイト (日本語)
『アナと雪の女王』公式サイト (日本語)
『Let It Go』が『ありのままで』と訳された理由(The Page、2014年5月3日)
・・「吹き替えの監修を行っているのが、ディズニー・キャラクター・ヴォイス・インターナショナル(DCVI)だ。DCVIは1991年に設立され、これまでにも『美女と野獣』、『アラジン』、『ライオン・キング』といった人気映画のローカリゼーションをサポートしている。世界中の17カ国にオフィスを持ち、55か国語もの吹き替えを行っており、今回の『Let It Go』の大ヒットの影の立役者とも言える」
Disney Character Voices International - DisneyWiki
大人気の『アナ雪』、怒涛の多面展開へ 来春、東京ディズニーランドもアナ雪に染まる (東洋経済オンライン、2014年8月23日)
<ビデオクリップ集>
『アナと雪の女王』予告編 (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
・・この「予告編」の段階では、まだ歌はオリジナルの英語版のまま
Disney's Frozen "First Time in Forever" Trailer (英語オリジナル版トレーラー 2013年10月)
・・日本語版との微妙な違いとは? さすがに子ども向けでもあるので、英語はスラングもなく明快で聞き取りやすい
Disney's Frozen Holiday Trailer (英語オリジナル版トレーラー 2013年12月) ・・こちらは Let It Go バージョンのトレーラー
Disney's Frozen Official Trailer (英語オリジナル版トレーラー 2013年9月)
・・これがオフィシャル・トレーラー
『アナと雪の女王』「Let It Go」(25ヵ国語Ver.)
・・世界中でもっとも美しいという賞賛の声のあがる松たか子が歌うエルサ(1分13秒前後)。日本語の母音の響きが美しい
一緒に歌おう♪『アナと雪の女王』「Let It Go<歌詞付Ver.>」 松たか子 (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
一緒に歌おう♪『アナと雪の女王』「Let It Go<歌詞付Ver.>」 イディ・メンゼル(オリジナル英語版) (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
『アナと雪の女王』♪生まれてはじめて/アナ(神田沙也加) (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
・・神田沙也加の声は母親の松田聖子そっくり!
『アナと雪の女王』♪生まれてはじめて / アナ(神田沙也加)&エルサ(松たか子) (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
『アナと雪の女王』クリップ映像:チョコレート! (YouTube ディズニーチャンネル disneyjp)
ディズニーが YouTube で公開しているこのクリップ
Disney's Frozen - "Elsa's Palace" Extended Scene (Walt Disney Animation Studios)
(アナが氷の宮殿でエルサと対面するシーン)
<歌詞の比較>
「ありのままで」(Let it go)
Idina Menzel - Let It Go Lyrics
The snow glows white on the mountain tonight
Not a footprint to be seen.
A kingdom of isolation,
and it looks like I'm the Queen
The wind is howling like this swirling storm inside
Couldn't keep it in;
Heaven knows I've tried
Don't let them in,
don't let them see
Be the good girl you always have to be
Conceal, don't feel,
don't let them know
Well now they know
Let it go, let it go
Can't hold it back anymore
Let it go, let it go
Turn away and slam the door
I don't care
what they're going to say
Let the storm rage on.
The cold never bothered me anyway
It's funny how some distance
Makes everything seem small
And the fears that once controlled me
Can't get to me at all
It's time to see what I can do
To test the limits and break through
No right, no wrong, no rules for me,
I'm free!
Let it go, let it go
I am one with the wind and sky
Let it go, let it go
You'll never see me cry
Here I stand
And here I'll stay
Let the storm rage on
My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
I'm never going back, the past is in the past
Let it go, let it go
And I'll rise like the break of dawn
Let it go, let it go
That perfect girl is gone
Here I stand
In the light of day
Let the storm rage on
The cold never bothered me anyway!
「ありのままで」
降り始めた雪は 足跡消して
真っ白な世界に一人の私
風が心にささやくの
このままじゃだめなんだと
戸惑い傷つき
誰にも打ち明けずに
悩んでたそれももう
やめよう
ありのままの 姿見せるのよ
ありのままの 自分になるの
何も恐くない
風よ吹け
少しも寒くないわ
悩んでたことが嘘みたいね
だってもう自由よ
何でも出来る
どこまでやれるか
自分を試したいの
そうよ変わるのよ 私
ありのままで 空へ風に乗って
ありのままで 飛び出してみるよ
二度と涙は 流さないわ
冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる思い出描いて
花咲く氷の結晶のように
輝いていたい
もう決めたの
これでいいの
自分を好きになって
これでいいの
自分を信じて
光浴びながら
歩き出そう
少しも寒くないわ
<ブログ内関連記事>
■ローカリゼーションは海外市場攻略の要(かなめ)
書評 『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか-世界で売れる商品の異文化対応力-』(安西洋之、中林鉄太郎、日経BP社、2011)-日本製品とサービスを海外市場で売るために必要な考え方とは?
・・「ローカリゼーション」にかんする必読書
プラクティカルな観点から日本語に敏感になる-藤田田(ふじた・でん)の「マクド」・「ナルド」を見よ!
・・日本マクドナルド創業者の藤田田は原音に近い「マクダーノー」では日本では成功しないと確信していた
「MOOMIN!ムーミン展-トーベ・ヤンソン生誕100周年記念-」(松屋銀座)にいってきた(2014年4月23日)
・・原作の hattifnattarna を「ニョロニョロ」という名前に変えなかったなら、日本製アニメ 『ムーミン』の日本での大成功はあり得なかっただろう。スナフキンも原語のスウェーデン語とはイコールではない!
小倉千加子の 『松田聖子論』 の文庫版に「増補版」がでた-松田聖子が30年以上走り続けることのできる秘密はどこにあるのか?
・・アナの日本語版吹き替えを担当した神田沙也加は松田聖子の娘
■あえてローカリゼーションしないという方法
由紀さおり世界デビューをどう捉えるか?-「偶然」を活かしきった「意図せざる海外進出」の事例として・・日本語と音楽の関係について
■ミュージカル映画
『中島みゆき 「夜会VOL.17 2/2」 劇場版』 (2011年11月)をイオンシネマでみてきた(11月9日)-これは日本語による魂のセラピーなのだ
ミュージカル映画 『レ・ミゼラブル』を観てきた(2013年2月9日)-ミュージカル映画は映画館で観るに限る!
・・これは吹き替え版ではなく英語。原作はフランス語だがミュージカル版は英語。
なぜいま2013年4月というこの時期に 『オズの魔法使い』 が話題になるのか?
・・ハリウッドのミュージカル映画の古典。アメリカ人の深層意識に存在する作品
ボリウッド映画 『恋する輪廻 オーム・シャンティ・オーム』(インド、2007)を見てきた ・・インド映画はみな、ある意味でミュージカル。しかも、歌って踊るシーンに観客も参加する「体験型」だ
■ディズニーの『アナ雪』の原作アンデルセン童話
「ふなばしアンデルセン公園」にはじめて行ってみた(2014年4月6日)-デンマーク王国オーデンセ市と千葉県船橋市が姉妹都市となって25年
・・原作の「雪の女王」はアンデルセンの童話作品
■メガヒット映画
映画 『アバター』(AVATAR)は、技術面のアカデミー賞3部門受賞だけでいいのだろうか?
・・2010年日本公開の洋画では 『アバター』が興行収入100億円を超えたのが50日目であるのに対し、『アナと雪の女王』は37日目で達成。アメリカを除けば日本が全世界で一位の興行収入、公開54日でついに『アバター』を超えた。動員1,000万人超えも達成
(2014年8月29日 情報追加)
PS 『アナ雪』のDVDセールスが200万枚突破!
2014年8月18日付のオリコン週間映像ランキングで累計202万5千枚を記録。売り上げ200万枚突破は2002年の『千と千尋の神隠し』についで歴代2位だという。ランキング登場4週目での200万枚突破は史上最速とのこと。(2014年8月13日 記す)。
(2012年7月3日発売の拙著です)
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