「1億人のための」というタイトルは、「日本国民のための」という意味と同じでしょう。数字を使ったほうが印象に残るのは言うまでもありません。もちろん、エクセルを日常的に使用する日本人が、そんなに多くはいるはずがない明らかではありますが。
それはさておき、表計算ソフトの「エクセル」がここまで普及している以上、それを使わないという手はない。この点は著者の考えにはまったく賛成です。
パソコンでプログラムを組んだ時代から始まり、「MSマルチプラン」、そして「ロータス123」を経て「エクセル」がビジネス界のデファクトになるとは、20年前には考えもしませんでしたが、1981年生まれの著者には当たり前の世界のようですね。
統計解析ソフトには SPSS などがあり MBAコースでも使用が推奨されますが、本書はエクセルの関数だけでもデータ分析はここまでできますよと示した好例です。あらたなソフトウェアを購入する必要もないので実際的だといっていいでしょう。
データサイエンティストではなく、目指しているわけでないビジンスパーソン向けに、エクセルをつかったデータ分析のやり方を解説した本書は、エクセル初心者のみならず、エクセルは習熟していると思っている人も読んでみる価値はあります。
というのも、恥ずかしながらわたくしも、本書の第4章「上級編」で紹介されている高度な機能は使っていないからです。
■「相関関係」と「因果関係」はイコールではない
著者は別の記事のなかですが、「「少しでも絶対的ではないこと」について言及しようと思えば、現状、統計学以外に記述したり議論したりする方法が人類にはない」、といってます。そう言い切っても問題ないでしょう。
統計学はある特定の事象とその他の事象とのあいだの「相関関係」をあきらかにするものです。
相関関係は因果関係とはイコールでありません。ここらへんがわかっていないビジネスパーソンが少なくないのは困ったことです。一般国民まで含めたら、さらにひどい状態と言わねばなりません。
ビジネスパーソンは学者でない以上、因果関係の究明に時間をかけ過ぎても意味はないのです。個人的にメカニズム分析に関心があるとしても、「時間」という絶対的な「制約条件」のもとにおいては、個々のビジネスパーソンにできることは限られます。
むしろ、ビジネスパーソンにとって意味があるのは、相関関係があるとわかった結果に価値があるのかどうかです。ビジネスにとっての「価値」とは、それがカネになるのかどうかということです。当たり前の結果がでてきたとしても、その発見に価値はありません。つぎのアクションにつながる発見でないと意味はないのです。
「だからどうした?」という突っ込みを上司や経営者から招かないために、カネと時間を費やすことは避けなければなりません。ビジネスパーソンであれば、自分の「時間あたりコスト」を意識すべきなのは当然のことです。
あらためて、「時はカネなり」(Time is Money)という格言を想起する必要がありますね。統計学によるデータ解析もまたそのために取り組まなければなりません。
■ビジネスの現場における「仮説」の意味
いま「時間という制約条件」について触れましたが、著者は「仮説」思考のワナにとらわれないことが大事だと強調しています。基本的に賛成です。
『私たちはすでに膨大なデータを持っている。それをどう扱っていいか分からないだけなのだ。そういう時代に、仮説を考えてから解析するということは「膨大なデータの一部だけしか見ない」ということでもある』
とはいえ、ビジネスパーソンが一般的にクチにする「仮説」というのは、せいぜい「当たりをつける」くらいの意味に過ぎません。科学者が科学研究におけるほど厳密な意味で使っているわけではないのです。「あたりをつけた」裏付けをデータ分析で行うという姿勢が重要でしょう。
だから、試行錯誤しながらデータ分析を進めていくという意味であれば、「仮説は立てるな」という著者の発言にそれほどこだわる必要はないといっていいでしょう。ビジネスならある程度まで臨機応変に修正も可能ですが、治療方法や新薬開発における間違いは人の生死にもつながりかねない、文字通り致命的なものとなるのです。その違いは大きいのです。
「第1章 統計解析で課題を解決するためのフレームワーク」で、「価値ある分析を行うための3つのポイント」を、「アウトカム」「解析単位」「説明変数」の3つで説明しています。
●「アウトカム」: データからわかった時に最もうれしい変数。利益に直結するものとしての売り上げ、在庫コストなど
●「解析単位」: アウトカムを構成している単位。着目すべき分析対象のこと。望ましい顧客、商品、従業員など
●「説明変数」: 「解析単位」の違いを生み出す「特徴」のこと。年齢、性別などの属性や、来店履歴や行動特性など
「アウトカム」が決まれば「解析手法」は自動的に決まるというのはまさにその通りです。「当たりをつける」ということはそういう意味でもあります。やみくもに分析を欠けるのでなく、分解しながら絞り込みを行うことができるわけです。
ビジネパーソンなら、「アウトカム」ではなく「結果」とか「ゴール」というコトバで代替してもいいでしょう。こういう結果がほしから、こういうデータ解析を行う、ということですね。
「あたりのつけ方」は、試行錯誤で身につけるしかありません。そのために、みすから手を動かして、本書に取り得あげられている case に取り組んでみるといいでしょう。
2ある種の「常識」を働かせるも必要であることがわかるはずです。これは統計学というよりも、ビジネスパーソンとしての経験がものをいう世界です。いわゆる「仮説検証」のマインドセットで養われるものですね。
「アウトカム」「解析単位」「説明変数」という3つを意識してデータ分析すれば、ビジネスにおいては問題なく活用可能です。
■まずはエクセルでデータ分析ができるまで習熟する
中堅中小企業であってもデータ分析のもとづいた経営が不可欠になりつつあります。
あらたなソフトウェアの導入をともなわず、エクセルをつかったデータ分析でどこまでできるか、データサイエンティストではないビジネスパーソンも知っておくことに意味があります。そのために本書を活用してみればいいのです。
そのうえで、データ分析は外部にアウトソーシングするか、あるいは自社に各種のBI(ビジネスインテリジェンス)ツールを導入しても遅くはないでしょう。統計データ分析の意味がわかっているかいないかでは、同じ分析結果をみても意味合いが大きく異なります。
ソフトウェアを導入する前に、データ分析するというマインドセットとスキルを社員が身につける必要があることは言うまでもありません。エクセルを使わない会社もビジネスパーソンも、まずいないはずですから。
PS. この書評は、R+(レビュープラス)さまより献本をいただいて執筆したものです。
目 次
はじめに
第1章 統計解析で課題を解決するためのフレームワーク
解析の正しい進め方-価値ある分析を行うための3つのポイント
利益に直結するものを決める-アウトカム
着目すべき分析対象を決める-解析単位
違いを生み出す「特徴」を洗い出す-説明変数
解析手法は自動的に決まる-質的なデータと量的なデータ
必ず3つのポイントを意識して解析を進める
第2章 仕事で使う統計解析 【初級編】
case1: 和食レストランチェーンの売上を増やすには?
分析1: 顧客の性別や家族構成は、売上に影響するか?
分析2: 来店回数と利用金額の間にはどんな関係があるか?
分析3: 重回帰分析を行うためにダミー変数の準備をする
分析4: 売上に影響を与えている、複数の要因を洗い出す
報告: 売上を向上させるために、どんな手を打つべきか?
第3章 仕事で使う統計解析 【実践編】
case2: 事務機器販売の営業戦略を立てる 【営業部門編】
分析1: 受注単位になっている売上記録を、スタッフ単位に集計し直す
分析2: 売上、採用時試験、ストレスチェックのデータを結合する
分析3: 売上に影響する、スタッフごとの特徴を明らかにする
報告: 成果を上げているのは、どんなスタッフか?
case3: 情シスの手助けなしで、顧客行動の分析を行う 【マーケティング・EC部門】
分析: ページ種別ごとのアクセス回数を、重回帰分析にかける
報告: :どんな行動を取るユーザーの売上が大きいのか?
case4: 画像処理機器の販売台数を予測する 【調達部門】
分析1: 月ごとの特徴と過去の出荷台数を説明変数にする
分析2: 月ごとのダミー変数と出荷台数で重回帰分析を行う
分析3: 将来の出荷台数を予測する
報告: どのくらいの在庫バッファを用意すれば、機会損失のリスクを抑えられるか?
第4章 【上級編】 進化したエクセル環境を活用して解析を効率化・高度化する
進化した活用術 1: データ結合を効率化する
進化した活用術 2: データマイニング機能を使った重回帰分析
進化した活用術 3: 質的なアウトカムの分析を行うナイーブベイズ分類
進化した活用術 4: アウトカムに影響を与えているパターンを分析する
進化した活用術 5: 時系列分析をスピーディに行う
進化した活用術 6: 分析結果のビジュアライゼーション
本書のまとめ
おわりに
著者プロフィール
西内 啓(にしうち・ひろむ)
1981年生まれ。東京大学医学部卒(生物統計学専攻)。東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野助教、大学病院医療情報ネットワーク研究センター副センター長、ダナファーバー/ハーバード がん研究センター客員研究員を経て、現在はデータに基いて社会にイノベーションを起こすための様々なプロジェクトにおいて調査、分析、システム開発および戦略立案をコンサルティングする。著書に『コトラーが教えてくれたこと』(ぱる出版)、『サラリーマンの悩みのほとんどにはすでに学問的な「答え」が出ている』(マイナビ新書)、『世界一やさしくわかる医療統計』(秀和システム)、『統計学が最強の学問である』(ダイヤモンド社)(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
<関連サイト>
『1億人のための統計解析 』出版社の日経BP社のサイト
なぜ、統計学が最強の学問なのか? 『統計学が最強の学問である』ビジネス書大賞2014「大賞」受賞記念記事 (西内 啓、ダイヤモンドオンライン、2014年4月25日)
「1億人のための統計解析」(「日経ビジネスオンライン」の連載コラム)
仮説は最初に立てるな! (西内 啓、日経ビジネスオンライン、2014年3年25日)
分析の前に決めるべき3つのこと (西内 啓、日経ビジネスオンライン、2014年4年1日)
「顧客満足度」と「購買頻度」、どちらを上げる? (西内 啓、日経ビジネスオンライン、2014年4年8日)
ソフトバンク時価総額2位の秘訣はデータ重視 マーケティング本部・岩本嘉子課長に聞く (西内 啓、日経ビジネスオンライン、2014年5月7日)
<ブログ内関連記事>
月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ
・・因果関係よりも相関関係を重視するのが統計学の世界
映画 『マネーボール』 をみてきた-これはビジネスパーソンにとって見所の多い作品だ!
・・「メジャーリーグ球団のひとつ、カリフォルニア州北部にフランチャイズのあるオークランド・アスレティクス(Oakland Athletics)の GM(=ゼネラル・マネージャー)として球団経営に数字とロジックを持ち込んで、劇的な V字回復を果たした44歳の中年男の実話(ture story)に基づいた映画」
書評 『シゴトの渋滞学』(西成活裕、新潮文庫、2013)-数学者が数式をつかわずに書いた読みやすくて役に立つ実用書
「オックスフォード白熱教室」 (NHK・Eテレ)が面白い!-楽しみながら公開講座で数学を学んでみよう
書評 『コンピュータが仕事を奪う』(新井紀子、日本経済新聞出版社、2010)-現代社会になぜ数学が不可欠かを説明してくれる本
・・そういう時代に弱者とならないためにも、統計学の知識の習得と活用は現代人の「教養」となる
(2012年7月3日発売の拙著です)
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