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2014年5月15日木曜日

書評 『世界の経営学者はいま何を考えているのか-知られざるビジネスの知のフロンティア-』(入山章栄、英治出版、2012)-「社会科学」としての「経営学」の有効性と限界を知った上でマネジメント書を読む


出版当時、アメリカのビジネススクールでアシスタント・プロフェッサー(准教授)の職にあった著者が書いた本です。著者は現在は日本に戻っています。

積ん読状態だったこの本は、買ってから一年以上たてからやっと読みましたが、思ってた以上にこの本は面白い。ただし、読者によって面白さの意味は違うと思います。

わたしはまず、「ドラッカーなんて誰も読まない!?  ポーターはもう通用しない!?」という帯のキャッチコピーにまず引きつけられました。


■ドラッカーに言及する「経営学者」が英語圏にはいない理由

というのも、すでにこのブログでも、2011年5月11日水曜日付けの記事で ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要 と題して書いてます(・・本書が出版された2012年11月の一年半以上前です!)。ここにエビデンス(証拠)として提示致します。

わたしはちょうど 1990年から2年間、米国の大学院で M.B.A.(経営学修士号)コースにいましたが、その2年のあいだ、ドラッカーの「ド」の字も聞いたことがありませんでした。

その理由は、現実のビジネスにおいても時代遅れになっているからという側面が大きいから。大前研一氏の発言を引いてありますのでご参照いただきたいと思います。

ドラッカーは「マネジメント」という概念をつくった先駆者の一人ですが、本人はあくまでも自分のことを「社会生態学者」と規定しており、「経営学者」とは名乗っていませんでした。その本質においてドラッカーは「思想家」というべきでしょう。

『ビジョナリー・カンパニー』(日経BP社、1995)で有名なジム・コリンズはドラッカーの後継者であることを自他ともに認めていますが、現在では大学の世界からは完全に足を洗って著述家になっています。

本書の記述によれば、ドラッカーに言及する人はアメリカの「経営学者」にはまったくいないのです。ドラッカーは「思想家」としては現在でも重要ですが、最先端の経営にはもはや応用不可能である、といってもいいでしょう。

いわゆる「日本的経営」の形成に、ドラッカー経営学が与えた思想的な意味合いが大きかったことは否定できません。むしろ大いに意味があったというべきでしょう。ドラッカー経営思想が米国よりも、ここ日本においてこそ定着したことは否定できない事実です。ドラッカー自身も浮世絵の収集家でしたので、日本訪問が楽しみだったようです。

ドラッカーはマネジメントという概念をはじめて体系化した古典として読まれていくでしょうが、「経営学者にとっての経営学ではない」(!)という認識は、知っていてけっして損ではないはずです。ドラッカー命の方々も、いずらに反発するのは無意味だといえましょう。


扱うテーマはあまりにも広すぎるのだが・・・

本書がカバーする範囲が広いのは、著者がいう「世界の経営学」においては最先端の研究テーマからトピックを網羅的に取り上げているからです。

日本人読者にも関心の高いと思われる競争戦略、イノベーション、組織学習、ソーシャル・ネットワーク、M&A、グローバル経営、国際起業、リアル・オプション、コーポレートベンチャー投資などのトピックスを取り上げ、英語の学術論文の裏付けのある議論を行っています。

わたし的には、やや総花的に過ぎるかなという印象をもちますが、最先端の研究テーマが何であるかを知るには、ちょうどいいかもしれません。もっと深掘りしてほしいテーマもありますし、全体の構成としては「理論編」と「テーマ別トピックス」に分離したほうがよかったのではないかとも思いますが。

基本的には、経営の現場では「常識」として語られている話題です。それを実証研究によって裏付けをするというのが「経営学」の役割であるということが本書を読むと理解できます。

とはいえ、「経営学」という学問は、あくまでも「跡付け」に過ぎない、という印象をぬぐい去ることができません。それがわたしの正直な感想です。「裏付け」はあくまでも「跡付け」という形でしかありえないのであり、ビジネスの「現場」とはスピード感がまったく違います。

ただし、ビジネスの現場においては試行錯誤(・・いわゆる Leaning by Doing: 失敗と成功体験から学ぶ) が可能ですが、ビジネスパーソンには過った前提に基づいた思い込みや予見といったものがつきまとうことも否定できません。そのため、意志決定を過ることが後を絶たないのも事実。

かならずしも因果関係は明らかではなくても、事象と事象のあいだに相関関係があれば実行してしてしまうというのが経営の実践の場での行動ですが、ビッグデータ時代はこれがさらに加速しています。

その意味では、経験の浅いビジネスパーソンにとっては本書は有用な読み物であるといっていいでしょう。すでにビジネスとマネジメントを現場で実践している人にとっては、「まあ、そんなもんか」と受け取る程度でよいのではないか、と思うわけです。トピックとしては知的関心をそそるものもありますが。

おなじ経営学者が書いた論文であっても、一般ビジネスパーソン向けに経営雑誌に発表される「雑誌論文」と、専門誌に査読を経て投稿される「学術論文」とは違うということです。

後者の「学術論文」は、一般のビジンスパーソンが読むことはあまりないので、「学術論文」として取り上げられたテーマを知ることができるという点に本書の意義があります。


「経営学」は「社会科学」である-ベースは経済学・心理学・社会学

本書で強調されているのは、「経営学」は「社会科学」であるということです。

ただし、英語圏でいう「社会科学」(ソーシャル・サイエンス)は、日本でいう「社会科学」とは異なり、あくまでも「科学」であり、統計学をもちいた実証研究が中心で、理論志向の強い「学問」であるということです。

経営コンサルタントや経営評論家やジャーナリストがビジネス書と経営書で書いたり、テレビや講演でしゃべっている内容と違うのもあたりまえなのです。「経営学」はあくまでも「学問研究」であるというのはそういうことです。

本書を読むうえで気をつけなくてはいけないのは、タイトルにもなっている「世界の経営学」とは、英文論文の世界で展開されている「経営学」だということです。日本語で執筆された論文のなかで展開されている「日本の経営学」ではないということです。後者は、いわばローカルな世界ということですが、日本人が英文で発表した論文は「世界の経営学」というカテゴリーのなかに分類されることになります。

わかりやすくするために、やや図式的に描いてますが、ローカルな「日本の経営学」が事例研究を中心とした記述的なものが多いのに対し、グローバルな「世界の経営学」は統計分析で実証したエビデンス・ベースのものが多いということになります。すくなくとも事例研究中心のアプローチは「世界の経営学」では主流ではないということのようですね。

先にも書きましたが、わたしがアメリカのMBAコースで学んだ1990年初頭においても、英語圏でいう「経営学」とは基本的にそういうものでした。授業ではHBS(ハーバード・ビジネススクール)作成のケース(=事例研究)が使用されていましたが、テキストのほかに大量に読まされる論文は、まさに本書で取り上げられているようなものばかりでありました。

経営学のディシプリン(・・専門学科)は、① 経済学、② 心理学、③ 社会学 の3つのいずれかあると本書には書かれています。経営学にはそれ自身の理論体系はないのです。実践の学である以上、それは当然というべきかもしれません。実践としての政治と学問としての政治学の関係も似たようなものでしょう。

会計学や貿易論など実務をベースにした「商学」が長い歴史をもっているのに対して、「経営学」はあたらしい学問であるということです。社会学じたい、まだまだ歴史のあたらしい学問ですが、経営学はそれに劣らずあたらしいということです。

著者も「第6章 「両利きの経営」」で指摘していますが、経済学、心理学、社会学という3つのディシプリン以外の周辺諸科学にも目を向けるべきだと思います。「深さ×幅の広さ」が大事なことは、拙著 『人生を変えるアタマの引き出しの増やし方』で述べていることと同じです。

ビジネスパーソンにもっとも必要なものは、狭くて深い「専門知識」と広くて浅い「雑学」。これが、ビジネスマンとして25年以上やってきた私の実感です。「専門知識」と「雑学」のふたつが両輪になってこそ、ビジネスだけでなく人生もまた豊かになるのです。

これは、拙著の「まえがき」の最初の一文です。「学問としての経営学」でいえば、「専門」とは3つのディシプリンのいずれかであり、「雑学」とは「専門」以外の森羅万象となるわけです。後者の「雑学」の幅の広さがテーマ選定にあたってモノをいうことは言うまでもありません。


本書で指摘されている理論的側面について

わたしが面白いと思ったテーマは以下の3つです。すなわち、「トランザクション・メモリー」と「見せかけの因果関係」、それから「経営理論とは何か」というテーマです。

読む人によって、興味の対象が異なるでしょうが、多くの人と同様に「トランザクション・メモリー」はひじょうに面白い議論だと思います。

「トランザクション・メモリー」は、第5章で取り上げられていますが、組織に「記憶」があるという文言はオカルト的ではないか(?)といいう印象をもちます。なぜなら、「記憶」はあくまでも個体のものであり、個人個人の「記憶」が集合的になっているということに過ぎません。

組織は生物学のアナロジー(比喩)で語ることはできますが、組織じたいには意志はない。そう見えるだけの話であって、あたかも組織に意志があるように見るのはオカルト的で危険な発想でしょう。あくまでもアナロジーと捉えるべきです。組織そのものにはDNAなどありません。社会学や社会心理学の立場からはあり得ない話です。

1980年代後半には、ビジネス界ではすでに「ノウハウ(know-how)よりもノウフー(know-who)だ」と言われていたことであり、「情報を知っている誰か(who)を知っていること」が重要だという発想そのものには、とくに新規性はないのです。いまどきの若い読者はそんなことはまったく知らないでしょうが。

これにくらべると、第6章で取り上げられている「見せかけの因果関係」のほうが、はるかに重要な問題です。ここでは詳しい説明は省略しますが、「内生性」(endogeneity)についての議論はきわめて重要です。ただし、英語圏では常識となっている、ヒュームの因果関係の議論についての言及がまったくないのは不思議に思いますが。

そして、第15章で取り上げられている「経営理論とはなにか?」という議論は、ビジネスには直接関係ないかもしれませんが、経営学も含めた「社会科学」の「理論」の意味を考えるうえで不可欠な議論です。ここでは、かの有名な哲学者カール・ポパーの「反証可能性」の議論が紹介されています。

このほか、概念レベルの理論と実証は別物であること、経済学の数学とは異なる「自然言語」を使用する経営学の意味、論理学と科学哲学をベースにしたトレーニングの必要など、著者の意見にはまったく賛成です。

経営学という学問が自然科学と異なるのは、経営現象はつねに現実の方が理論に先行するという点。学問が可能なのは、現実を理論的に位置づけることに限定されるのです。

後付けの学問である「経営学」の有効性と限界を知った上で、本書を読むことは意味あることです。ビジネス書ではなく、たまにはこういったマネジメント書を読んでアタマを整理するする必要があるのはそのためなのです。






目 次

この本を手にされた方へ

PARTⅠ これが世界の経営学
 第1章 経営学についての三つの勘違い
 第2章 経営学は居酒屋トークと何が違うのか
 第3章 なぜ経営学には教科書がないのか

PARTⅡ 世界の経営学の知のフロンティア
 第4章 ポーターの戦略だけでは、もう通用しない
 第5章 組織の記憶力を高めるにはどうすればよいのか
 第6章 「見せかけの経営効果」にだまされないためには
 第7章 イノベーションに求められる「両利きの経営」とは
 第8章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(1)
 第9章 経営学の三つの「ソーシャル」とは何か(2)
 第10章 日本人は本当に集団主義なのか、それはビジネスにはプラスなのか
 第11章 アントレプレナーシップ活動が国際化しつつあるのはなぜか
 第12章 不確実性の時代に事業計画はどう立てるべきか
 第13章 なぜ経営者は買収額を払い過ぎてしまうのか
 第14章 事業会社のベンチャー投資に求められることは何か
 第15章 リソース・ベースト・ビューは経営理論といえるのか

PARTⅢ 経営学に未来はあるか
 第16章 経営学は本当に役に立つのか
 第17章 それでも経営学は進化しつづける

この本を読んでくださった方へ


著者プロフィール

入山章栄(いりやま・あきえ)
1996年慶應義塾大学経済学部卒業。1998年同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2003年に同社を退社し、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号(Ph.D.)を取得。同年よりニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサーに就任し、現在に至る。専門は経営戦略論および国際経営論(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。


<関連サイト>

勉強もスポーツも、基礎から学ぶとつまらない 最先端を理解した気分になることが成長の糧に(気鋭の経営学者がいま伝えたいこと 第1回) (入山章栄×琴坂将広、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー、2014年8月29日)

「ぶっちゃけ、経済学は経営学を下に見ている」 なぜ経営学と経済学の議論は噛み合わないのか(気鋭の経営学者がいま伝えたいこと 第2回)  (入山章栄×琴坂将広、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー、2014年9月1日)

現代版「ナッシュ均衡」は発掘できるのか 評価軸の明確化で生まれる可能性とリスク(気鋭の経営学者がいま伝えたいこと 第3回) (入山章栄×琴坂将広、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー、2014年9月3日)

日本の経営学が海外に劣っているわけではない 良し悪しではなく、それぞれの違いを理解する (気鋭の経営学者がいま伝えたいこと 最終回)  (入山章栄×琴坂将広、ダイヤモンド・ハーバード・ビジネスレビュー、2014年9月 日)



<ブログ内関連記事>

書評 『ヤバい経営学-世界のビジネスで行われている不都合な真実-』(フリーク・ヴァーミューレン、本木隆一郎/山形佳史訳、東洋経済新報社、2013)-これがビジネス世界の「現実」というものだ

「君臨する企業の法則:日本への教訓-マイケル・クスマノ MITスローンスクール教授)講演会のお知らせ(2012年1月17日:無料 事前予約

人生の選択肢を考えるために、マックス・ウェーバーの『職業としての学問』と『職業としての政治』は、できれば社会人になる前に読んでおきたい名著
・・「実践」としての政治と「学問」としての政治学は、まったく別物である

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要

『「経済人」の終わり』(ドラッカー、原著 1939)は、「近代」の行き詰まりが生み出した「全体主義の起源」を「社会生態学」の立場から分析した社会科学の古典
・・ドラッカーは「思想家」として読むべきなのだ

レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)-ドラッカー自身の肉声による思想と全体像

月刊誌 「クーリエ・ジャポン COURRiER Japon」 (講談社)2013年11月号の 「特集 そして、「理系」が世界を支配する。」は必読!-数学を中心とした「文理融合」の時代なのだ
・・因果関係よりも相関関係を重視するのが統計学の世界

書評 『1億人のための統計解析-エクセルを最強の武器にする-』(西内啓、日経BP社、2014)-ビジネスパーソンなら誰もが使えるはずのエクセルでデータ分析が可能となる

(2015年12月27日 情報追加)



(2012年7月3日発売の拙著です)





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