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2012年12月1日土曜日

書評 『オーケストラの経営学』(大木裕子、東洋経済新報社、2008)-ビジネス以外の異分野のプロフェッショナル集団からいかに「学ぶ」かについて考えてみる



オーケストラの元団員の経営学者が書いた『オーケストラの経営学』。そのものずばりのタイトルと内容の一冊である。

著者のプロフィールは以下のとおりである。

東京藝術大学音楽学部器楽科卒業後、ヴィオラ奏者として東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に入団し、数々のコンサートにて演奏を行う。演奏活動を通じ組織・ビジネスとしてのオーケストラの魅力に惹かれ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に入学。オーケストラのマネジメントなどを研究し、MBA、博士(学術)を取得。

まさに異色の経歴をもった経営学者だが、本書の特徴は経営学者が「外側からの視点」で観察したものだけでなく、オーケストラ団員としての経験をもとに「内側からの視点」も兼ね備えていることにある。


オーケストラそのものと裏方である団体にとってのマネジメントは意味が異なる

著者はあまり明確に区分していないのだが、オーケストラを考えるにあたっては、演奏の主体であるオーケストラは文化であって、オーケストラ活動そのものが収益を生み出すことを目的にした事業ではないということが重要だ。これはオペラやバレエなどその他の舞台芸術もまた同じである。

したがって、いわば裏方としてオーケストラの運営を支えている団体のマネジメントと、演奏家の集団であるオーケストラのマネジメントそのものはわけて考える必要がある。

前者においてはカネ、すなわち収益構造と財務構造が問題になるのであり、後者においてはヒト、すなわち最高の演奏を実現するための演奏家集団のマネジメントが最重要になる。

もちろん演奏家の集団であるオーケストラのマネジメントにおいても、予算の制約という絶対条件のもとで行われる。誰を指揮者として呼ぶか、ソリストとして呼ぶかは予算の範囲内となるためだからだ。

オーケストラを運営する団体のマネジメントにおいては、チケット収入だけでは運営が不可能なため、欧州では国家財政による負担の割合が高く、米国では民間による寄付の割合が高いという。

そのため米国では寄付をつのるためにマーケティングが早くから導入されているのだが、日本は欧州型でも米国型でもない中途半端な状態であるらしい。つまりマネジメント的にはどうもあいまいなままになっているようなのだ。したがって、日本のオーケストラが置かれている状況は、けっして経済的にラクなわけではない。

では、演奏家集団のマネジメントについてはどうか。

著者によれば、オーケストラは、指揮者を頂点にはしているが階層構造をもつ組織ではない。指揮者、ソリスト、コンサートマスター、首席奏者といったプレイヤーたちで構成されるが、指揮者以外はすべて何かの楽器のプレイヤーであり、フラットな組織構造をもっているという。

つまり、オーケストラはフラットな構造をもつ、プロフェッショナル組織なのである。しかも、それじたいが収益を生み出すことを目的とした事業ではないのである。

オーケストラに求められるのは、基本的に聴衆(=顧客)をいかに満足させるかにある。顧客満足は、顧客が演奏に満足するかどうかで決まるものであり、それは演奏者がどこまで満足のいく演奏をできるかにかかっている。その結果として、おカネはついてくるということだ。

オーケストラにおいては、個々の演奏者が、いかに他の演奏者とのハーモニーをつくり出すことができるかということであり、別の表現をつかえば、いかにチームワークを作りあげるかということになる。

もともと日本には、教会の響きのなかで賛美歌を歌いながらハーモニー(調和・和声)を創っていくという習慣がない。そのため、お互いの音を聴き合ってハーモニーを創っていくという意識が、どうしても低くなっているようにみえる」(P.157~158)

この点が、もしかすると日本のオーケストラと本場の欧州のオーケストラとの違いの根底にあるのだろう。その意味では、オーケストラは完全に日本の文化とはなったとは言い難いのかもしれない。

本書では、プロフェッショナル集団としてのオーケストラについては、きわめて多額の投資に対してリターンがあまりにも小さいという指摘以外に、団員の報酬と評価制度にかんする記述が薄いのが残念だ。

プロスポーツであれば、個々のプレイにかんして事細かに評価項目が定められており、プレイヤーの評価はそれに基づいて定量的に行わている。オーケストラの場合ははたしてそのような評価基準はどうなっているのだろうか? 

この点にかんしても、欧州と米国、そして日本との比較を知りたいところだ。それは本書の不満点である。


「知識集約」型時代のプロフェッショナル集団のマネジメント

時代はますます「労働集約型」から「知識集約型」に向かっている。「知識集約」時代のプロフェッショナル集団のマネジメントが、これからの日本企業には求められている。

プロフェッショナルの集団をどうマネジメントしていくかという点について、異分野から学ぶ意味はそこにあるといっていいだろう。

オーケストラの事例は、企業経営にとっては直接に役に立つものではないが、これからの「個人と組織」の関係、あたらしいスタイルのマネジメントを考えるうえで参考になる面もある。






目 次

開幕挨拶
第1楽章 「のだめ効果」はあったのか-業界の特徴と規模
第2楽章 「音大生」の投資対効果-オーケストラの人々
第3楽章 なぜ赤字なのに存続するのか—オーケストラの会計学
第4楽章 オーケストラの経営戦略-外部マネジメント
第5楽章 指揮者のリーダーシップ-小澤征爾かカラヤンか
第6楽章 世界的音楽家はいるのに日本に世界的オケがないわけ-内部マネジメント
終幕挨拶

著者プロフィール  

大木裕子(おおき・ゆうこ)
京都産業大学経営学部准教授。京都産業大学大学院マネジメント研究科准教授。東京藝術大学音楽学部器楽科卒業後、ヴィオラ奏者として東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団に入団し、数々のコンサートにて演奏を行う。演奏活動を通じ組織・ビジネスとしてのオーケストラの魅力に惹かれ、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に入学。オーケストラのマネジメントなどを研究し、MBA、博士(学術)を取得。昭和音楽大学音楽学部専任講師、京都産業大学経営学部専任講師を経て現職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたもの)。
書評 『国家と音楽-伊澤修二がめざした日本近代-』(奥中康人、春秋社、2008)-近代国家の「国民」をつくるため西洋音楽が全面的に導入されたという事実
・・日本人を近代産業に適した近代的身体に改造することが明治時代初期の課題であった。幕末の鉄砲隊はリズムに合わせて発砲するためのドラマー(=鼓手)を必要とした

日体大の『集団行動』は、「自律型個人」と「自律型組織」のインタラクティブな関係を教えてくれる好例

(2014年3月19日 項目新設)




(amazon で 2012年7月3日発売の拙著です)






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