「HPウェイ」というものをご存じですか?
HP とは、Hewlett Packard の頭文字をとったもの。ヒューレット と パッカードというスタンフォード大学の二人の学生が創業した、シリコンバレー草創期のハイテク企業です。ホームページのことではありませんよ(笑)
HPウェイ(The HP Way)とは、その HP社の従業員を大事にする研究開発型企業としてのあり方を端的にしめした表現です。
かつて「IBM ウェイ」や「HONDAウェイ」などが、ビジネス界ではたいへんもてはやされました。1980年代に日本的経営がブームになった頃、 日本的経営の要(かなめ)は、経営風土に流れる創業者のフィロソフィーである、と。ウィリアム・オオウチの『セオリーZ』などの経営書が流行った時代のことです。
この HP が最近は迷走を続けています。創業者の理念がすばらしかっただけに、最近の迷走ぶりが余計に目につきます。「ダイヤモンド・オンライン」の最新記事「繰り返されるトップ交代-HPと米ヤフーが陥った自己喪失の罠」から一部抜粋しておきましょう。
HPが不幸だったのは、度重なるトップ交代ドラマによって、企業としての姿がすっかり見えなくなったことである。幅広くやっているが、特化したものが見えてこない。ことにここ数年は、企業としてのメッセージを社会に届けるための余裕がなかった。特に消費者向け商品において、これは決定的なマイナス材料だ。HPのトップにまず課されるのはリカバリー(回復)だろう。信頼の回復、ブランドの回復である。
わたしが米国に留学した1990年代初頭は、「プリンターといえば HP」というのが「常識」でした。現在はもはや使われることはありませんが、OHPのプロジェクターも HP があたりまえ。そんな環境から帰国してから出版されたのが、『HPウェイ-シリコンバレーの夜明け-』(日本経済新聞社、1995)という本でした。
この本を読んでさらに HPは、すばらしい会社だ(!)と感嘆したことが思い出されます。
かつて IBM Way を賞賛された IBM も、低価格化する PC の急激な普及によって苦境に陥った後、経営コンサルタント出身の外部経営者によって、ソリューション・プロバイダーとして劇的に変身を遂げ復活しました。HP もハードからソフトへという IBM流の路線をとるかにみえた矢先の経営者交代です。
創業時のベンチャーの志(こころざし)を、後継者がいかに維持発展させることができるかは、HPにおいてもきわめて困難な課題であったことを知ると、なにやら少しさびしい気持ちにさせられます。
上記の単行本は、『HPウェイ-シリコンバレーの夜明け-』 (日経ビジネス人文庫、2000)として文庫化されましたが、 現在は単行本も文庫版も品切れです。「HPウェイ」はもはや死語になってしまったのかもしれません。
「創業は易し守勢は難し」という故事成語がよくクチにされますが、創業者のカリスマの継承だけでなく、ミッションの継承もまたいかに困難であるかを痛感するものです。
もちろん、創業もかならずしも容易なものではなりませんが、事業を継承発展させていくことはさらに難しいということなわけですね。
たとえ「現場」がしっかりとしていたとしても、組織の骨格であるミッションが生きたものとして根付いていなければ、企業としての存続も難しいものがあるかもしれません。
まずは「原点回帰」が必要なのではないか、そんなことを考えさせてくれる事例といっていいでしょう。
P.S. 『HPウェイ[増補版]』(デービッド・パッカード、ジム・コリンズ序文、依田卓巳訳、海と月社、2011)として再刊されているが、上記の感想についてはとくに変更する必要は感じません。
すばらしい理念をもっていた HP社はもはや過去のもの。「経営史の教科書」に登場する歴史的事例としてなら、読む価値は大いにあるでしょう。いや、むしろよく読んで、自分が属する組織には大いに活かしてほしいと思います。
<関連サイト>
「HP Way」、それはHP全社員が、誇りとともに受け継ぐ理念。(日本HPのウェブサイト)
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