■「世襲」という事業承継のあり方について
つい先日の20111年12月19日に、北朝鮮のキム・ジョンイル総書記が死去したというニュースが全世界をかけめぐりました。
日本は、とくに朝鮮半島とは有史以来、密接な関係があることもあり、国民の関心もきわめて高いものがあります。
死因は心筋梗塞だと伝えられていますが、それが正確な情報であれば、「独裁者」とはいえ、一国の命運を背負う立場にある以上、そうとうの重圧がかかっていたのではないかと推察されます。
ただ、ひとつ気になるのは、「世襲」批判がまたやかましくなるのではないか、という気がしてならないことです。
しかし、ちょっと待てよ、という気持ちになるのを感じます。
大企業のサラリーマンは「世襲」批判の急先鋒でしょう。大手マスコミもまた大企業ですから、その意味では同じですね。
ところが、大企業以外では、世襲はけっして例外的ではありません。
経営というものは、それじたいが一つの専門職ですから、サラリーマンの出世スゴロクのあがりといったものではありません。部分最適の実務家にはできない、全体をみることが経営者には求められます。経営者と従業員は、機能という面からみれば似て非なるものだっといっていいでしょう。
話を北朝鮮に戻しましょう。
北朝鮮は社会主義を標榜(ひょうぼう)しているのにかかわらず、一族による世襲が三代目だという批判もよく聞かれます。たしかに初代のキム・イルソン、キム・ジョンイル、キム・ジョンウンと三代にわたって男子直系相続がなされることになるわけです。しかも社会主義の旗はいまだに降ろしていない。
誤解があってはいけないので、あらかじめ申しておきますが、わたしは北朝鮮の体制を肯定しているわけではありません。また、なにかのたとえとして例にだしたわけでもありません。
ただ、国家の運営もまた一つの事業と捉えれば、事業承継という観点からひじょうに興味深いものを感じながら報道を見ているわけです。体制の違いはあれ、国家経営はある意味ではマネジメントそのものですから。
安定的に運営するためのシステムは、男子直系相続であるというのが、儒教の影響の色濃い中国や韓国・朝鮮における伝統ですね。事業経営や、社会の安定装置として「世襲」を選択してきた事実はけっして無視できません。
じっさいには、子どもは男子だけとは限りませんから、女子もまた事業の一翼を担う後継者として想定されているのが現代の傾向です。たとえばタイの華僑華人の世界でも、同族の女性経営者がきわめて多いですね。
ただ日本が、中国や韓国と違うのは、世襲でありながら、かならずしも実子にこだわらないこと。見込みのある若者を養子として取り込み相続させることで「家」システムを維持してきたことは江戸時代以来の伝統です。
日本の場合は、芸事でも「世襲」はむしろ当たり前といえます。
■とはいえ、世襲による事業承継はやさしい課題ではない
とはいえ、「世襲」による事業承継は、思われているよりも、じつに難しいものがあります。ここでは企業経営に話を限定しておきましょう。
難しさは大きく分けて二つあります。事業承継する本人にとっての難しさと、それを受け入れる従業員にとっての難しさです。
経営は「覚悟」の問題です。ですから、経営を事業承継する本人にとっては覚悟の問題であり、これはある程度まで幼少期からの帝王教育によってカバーされるといっていいでしょう。あとは後天的な学習のみ。「習うより慣れよ」の世界ですね。
一方、受け入れる従業員の側からみれば、それは「納得」の問題になります。この人のリーダーシップに従って自分は幸せになれるのか、自分の家族を幸せにできるのか。これはリーダーシップというよりも、フォロワーシップの問題です。従うチカラのこと。これは意外と重要な問題です。
なぜなら、経営者と従業員のあいだには「権力」がかかわってくるからです。
事業経営には「権力」がつきまといます。組織は個人の集まりですから、人間集団のなかではかならず「権力」が発生するのです。
ただし、「権力」そのものは善でも悪でもありません。指揮命令の系統がなければ組織運営はできませんので、「権力」を行使する人と「権力」を行使される人が発生します。
「権力は行使するためにある。権力をもつ者は行使する義務がある。ただし、それは正しく行使されなければならない」。これは大学時代以来のわたしの持論ですが、体育会の主将をつとめるなかで実感し、体得したものです。
人の上にたつ人は「権力」を正しく行使することが求められ、それに従う者はそれを受け入れなければ組織は成り立たない。
そしてそのためには、組織内コミュニケーションが良好な状態になければならないのです。その要は相互の「信頼」関係です。経営者なくして従業員なし、従業員なくして経営者なし。お互いがお互いを支え合う関係にあるからですね。
株式上場している大企業では「世襲」は望ましいとはわたしも思いませんが、それ以外の中堅中小企業においては「世襲」は善でも悪でもないのです。
所有と経営の分離は近代経営の要だと経営史では教えていますが、オーナーシップがなければコミットメントの度合いも薄くなりがちなものであることは否定できません。
要は「世襲」であろうがなかろうが、正しく経営すること。カリスマは先代あるいは先々代の一代限りだと自覚しておくこと。
これが、「世襲」によってその地位につく経営者の責務であり、自分の責任範囲で自社にかかわるひとびとを幸せにすることが、大きな貢献となるのです。
<推薦書>
事業経営における「世襲」については下記の書籍を推薦します。
『世襲について-事業・経営篇-』(江坂彰=監修、日本実業出版社、2001)
目 次
序章 いま、なぜ世襲なのか-世襲は“不滅の文化”である
1章 世襲とは何か- "志" の承継で信用を未来へ
2章 世襲の強みとその必然性は-絶えざる変革こそ永続の基なり
3章 老舗企業の原点は-世紀を超えて "橋渡しの理" が
4章 世襲の難しさとは-初心を離れたとき自壊を招く
5章 継後を託す子へ親は何を-賢者は歴史に、愚者は経験に学ぶ
6章 世襲のこれからは-創業哲学の伝承は時代を超えて
著者プロフィール
江坂 彰(えさか・あきら)
経営評論家・作家。1936年、京都市生まれ。京都大学文学部卒業と同時に大手広告代理店に入社。本社マーケティング局長、名古屋支社長、関西支社長等を歴任後、作家活動に入る。
カリスマ経営者が語る事業承継の要諦~会社存続を最優先に、人間心理に精通せよ~
ファミリービジネスで気づいた日本の“偏見”-見方を変えると、異なる風景が見えてくる (御立尚資、日経ビジネスオンライン、2014年4月14日)
・・ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の日本代表による記事。日本の大企業サラリーマン諸氏は、世襲が当たり前のファミリービジネス(同族企業)として偏見をもっている人も少なくないようだが、世界的にみればそれは非常識であることが理解できるだろう
◆シリーズ 星野佳路と考えるファミリービジネス
「家族経営」が日本を支えている (星野佳路、日経ビジネスオンライン、2014年2月13日)
後継者はどのように「生まれる」のか-日本交通の川鍋一朗社長との対談で考える (星野佳路、日経ビジネスオンライン、2014年2月20日)
社内の「予想以上」の状況を改革 日本交通の川鍋一朗社長との対談で考える(2) (星野佳路、日経ビジネスオンライン、2014年2月27日)
星野: ファミリービジネスを継いでいる若い経営者に聞くと、入ってからおとなしくなる人が意外なくらい多い。親の言うままにやっていては、「いつか変えてやろう」という気持ちもなくなります。後継者は最初からある程度リスクを取っても「変える気概」を持つべきです。そうでなければ、若い世代が入っても、新しいエネルギーになりません。同族経営の承継ではハードな世代交代を恐れてはいけない (星野佳路・星野リゾート代表、習慣ダイヤモンドオンライン、2015年12月28日)
川鍋: 私のように3代目になると、創業者がつくったビジネスモデルの有効期限が切れているケースがあります。それだけに、ファミリーで培ったことを生かしながら、変革への強い意志を持って付加価値を追加することが必要になってきます。
星野: ファミリーで培ってきた強さに依存しているだけでは、事業を継ぐ立場として、責任を果たせません。大事なのはやはり、「自分の代で何を変えてやろうか」ということだと思います。そうした意識があれば環境をうまく生かせるし、世襲に対して、周りの納得感は高まります。変革マインドは大事だと思います。
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