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2011年5月11日水曜日

ドラッカーは時代遅れ?-物事はときには斜めから見ることも必要


 「ドラッカー・ブーム」というものがあります。これは出版元であるダイヤモンド社が仕掛けたものですが、今回もこのブームもまた、じつにうまく当たったといっていいでしょう。企画の勝利といってもいいですね。

 今回は、装丁を立派にした全集のような体裁で出版して、まさに「古典」というイメージを全面に出す一方、『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(岩崎夏海、ダイヤモンド社、2010)、通称『もしドラ』などという、奇想天外な設定の小説も同時にぶつけて、思わぬ(・・いや想定内の?)成功を収めました。

 『もしドラ』の著者の岩崎夏海氏はもともと、作詞家でプロデューサーの秋元康氏の下で、AKB48のプロデュースにかかわっていたらしいですね。AKB48も『もしドラ』も、ヒット商品を作り出す方法論にもとづいた作品なわけなのです。

 ドラッカーそのものは別にして、企画の成功のストーリーとしては実に興味深いものがありますね。

 わたしは前回の「ドラッカー・ブーム」のときに、ドラッカーとは本格的に出会いました。1996年頃ですから、いまから 15年前のことです。

 それまで訳者がバラバラだったドラッカーの著作を、長年ドラッカーを読み込んできた、経団連広報部にいた「上田惇生氏による個人訳で統一」、実に読みやすい日本語になって、「ドラッカー選書」というシリーズのソフトカバー廉価版として出版されました。ただし、訳語については、integrity の訳語など賛成しかねるものもなくはありませんが。

 わたしはこのエディションで、ほぼすべてを持っています(・・上掲写真)。ただし、すべてを読み込んだわけでは、もちろんありません。

 日本でこれだけドラッカーが受け入れられているのは、ドラッカーの経営思想もさることながら、この思想を普及するために、多くの人たちがかかわってきたことも大きいでしょう。

 ドラッカーの生前には、日本の経営者との交流も多く、わたしなどもリアルタイムでそういった対談など読んでいたものでした。第二次大戦後の高度成長期の日本的経営の形成にドラッカーが与えた影響はきわめて大きなものがあったといっても言い過ぎではないと思います。

 ドラッカー自身、無類の浮世絵収集家であったということも、大きいかもしれません。

 ただ、ドラッカーにかんしては、ややシニカルな見方もあることは知っておいて損はないと思います。たとえばこのようなものがあります。


『もしドラ』を肴に語り合ったホリエモンと編集者の対話が面白い

 雑誌 BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 「特集 本-2011年、「世の中」を考える175冊。」で、ホリエモンこと堀江貴文(作家・実業家)と宇野常寛(批評家・編集者)が、『もしドラ』を俎上に乗せて、次のようなことを語り合っています。

宇野 『もしドラ』の中心読者と思われる30代サラリーマン男性は、出版業異界ではよく「ビジネス書しか読まない」と揶揄(やゆ)されます・・(略)・・
堀江 でもドラッカーの『マネジメント』なんて、普通ならわざわざ読まないよね。この表紙、とりあえず「萌えキャラ」が売れているから描いておくか、みたいなことないですか?

 『もしドラ』はドラマとしてはよくできていますが、女子高校生がドラッカーの『マネジメント』を読むなんて想定はあまりにも奇想天外という感想をもっている私には、この二人の発言、とくに堀江貴文氏の率直な反応には同感です。

 また、対談の最後では、ふたたびこのように語り合っています。

宇野 最初に言ったとおり、ドラッカーブーム自体はある程度、サラリーマンのヒーリングの側面が大きかったわけですからね。
堀江 ドラッカーなんて20世紀型社会のマネジメント手法だから、いい加減もういいんじゃないの?と僕は思ってしまいますけどね。
・・(中略)・・
堀江 勝手にみんなが自律してやってくれる。僕は、逆にマネジメントなんかしなくてもいい組織が理想なんです。個人が活躍し、また小集団がコラボして、という時代がもう来てるんだと思いますよ。

 「マネジメントなんかしなくてもいい組織が理想」とは、非常にいいことを言っているなと感心します。私はこの二人の言うこと、とくに堀江貴文氏のこの発言には全面的に賛同します。

 ただし、まだまだ理想という段階でしょう。そこまで自立しており、自律して動けるビジネスパーソンはまだまだ少ないのでは?

 先日、最高裁が上告を却下しましたので、「マネジメントなんかしなくてもいい組織」の実践ができなくなったのは、本人にとってはまことにもって不本意なことでしょう。


「ドラッカー・ブーム」について

 ドラッカー好きの経営者といえば、ユニクロの柳井会長をあげる必要があるでしょう。愛読書はドラッカ-で、折りに触れて何度も何度も読み返しては、あらたな気づきを得ているとのことです。

 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)という共著で、大前研一氏は、この柳井氏のドラッカー発言について、かつて講演会でともにしたことが何度もあるといい敬意を表しつつも、1980年以降なぜ米国でドラッカーが読まれなくなったかについて、貴重なコメントを行っています。引用しておきましょう。

ただし、ドラッカー哲学は1980年代に入ると、アメリカの経営トレンドのなかでは次第に人気がなくなりました。なぜなら、実際の経営者は彼が定義する優れた経営者像からはほど遠く、それでいてアップルのスティーブ・ジョブスやマイクロソフトのビル・ゲイツら、ドラッカーの法則に当てはまらない "自由奔放" な経営者が続々と登場したからです。・・(中略)・・ところが賢明なドラッカーはそれをいち早く察知して、経営哲学でお説教するスタイルからイノベーションに方向転換し・・・(後略) (P.106)

 これは、わたしの実体験の裏付けになっています。わたしはちょうど 1990年から2年間、米国の大学院で M.B.A.(経営学修士号)コースにいましたが、その2年のあいだ、ドラッカーの「ド」の字も聞いたことがありませんでした。

 ドラッカー経営思想が米国ではよりも、ここ日本においてこそ定着した理由が、この発言からもうかがうことができると思います。

 つまり、日本では多くの経営者がドラッカー思想を理解し、実践したからこそ、1970年代から80年代にかけての日本がアメリカを打ち負かすまでの勢いをもったのですね。

 いわゆる「日本的経営」の形成に、ドラッカー経営学が与えた思想的な意味合いが大きかったということです。

 ドラッカーはマネジメントという概念をはじめて体系化した古典として読まれていくでしょうが、現実世界では日本的経営もすでに過去のものとなり、ドラッカーも古典となっていったわけです。

 わたしは、ドラッカーについては「経営学者」もさることながら、むしろ非営利組織の経営や、知識社会の考察といった「社会生態学者」としての業績にもっと注目が集まるべきだと考えています。その面でのドラッカーの功績はきわめて大きなものがありますので。





<ブログ内関連記事>

雑誌 BRUTUS (ブルータス) 2011年 1/15号 「特集 本-2011年、「世の中」を考える175冊。」 を読む

書評 『この国を出よ』(大前研一/柳井 正、小学館、2010)
レビュー 『これを見ればドラッカーが60分で分かるDVD』(アップリンク、2010)

書評 『知の巨人ドラッカー自伝』(ピーター・F.ドラッカー、牧野 洋訳・解説、日経ビジネス人文庫、2009 単行本初版 2005)

書評 『馬の世界史』(本村凌二、中公文庫、2013、講談社現代新書 2001)-ユーラシア大陸を馬で東西に駆け巡る壮大な人類史
・・「英国ではイタリアの馬術書の影響が深まるにつれて management(マネジメント)というコトバが生まれたという事実だ。英語の management はイタリア語の maneggiare から派生したそうだが、もともとはラテン語の manus(手)に由来するという。management とは馬を手で扱うことを意味したのだそうだ。経営は馬の世話から始まったのだ!」

(2014年5月11日 情報追加)






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